2013年06月03日 (月) | 編集 |
会社の人から「京セラドームのオリックスのチケットがあります。
行くんだったらどうぞ…」
と言われました。

昔だったら、喜んでもらっていました
20代の頃はよくパ・リーグの試合を見に行っていました。
毎週、「週刊ベースボール」を買っていた時期もあります

私が好きだった球団は今はありません
阪急ブレーブスです。

それで、当時好きだった選手、山森雅文さんのことを
少し書いてみたいと思います。
(こちらも前のブログで書いたことがあります)

山森さんは、1978年のドラフト4位で阪急ブレーブスに
入団しました。
存在を知ったのは2年目です。
他に目当ての選手がいて、西宮へウエスタンの試合を
見に行っていました。
本球場に移動する時を狙って、サインもらったり取ったり
写真を撮ったりしていました。
で、その時見つけたのです

ウエスタンの試合で、外野を守る身軽な姿が印象的でした。
1軍の試合にも出られるようになったので、
月に3回位行っていました。

1981年9月16日、このプレーが生まれました


ロッテの広田選手のホームランをフェンスによじ登って
キャッチしたのです
前日の15日に見に行ってたので、1日違いで生で見れたのに…と、
とても残念に思ったものです。
このプレーで、日本人第一号のアメリカ野球殿堂入りとなりました。

「守備はピカイチ、特に捕るのは」と言われるほどでした。
とにかく、身軽なんです~
福本選手にも「俺の後継者」と言われたとか…
そんな訳で、いつも守備固めに8、9回に出るのが多かったです。
1986年にはゴールデングラブ賞を受賞されました
なんでも規定打席に達していないのに、
ということを後で知りました。
いつしか「守備の人」と言われるようになっていました。

でも、意外性もあって、
逆転サヨナラ満塁ホームランを打つ、
ということもありました。

サイン

このサインは、何回かもらった中で、
ただ1枚残っていたものです。

一緒に撮ってもらった写真も数枚あります。
そのうちの1枚です。

ファンの集い
2○年前ファンの集いで撮りました。

阪急がオリックスに身売りをして、西宮から神戸に移り、
私の足もだんだん遠のいていきました…

そして、近鉄と一緒になってからは完全に離れました。

引退後は、ガソリンスタンドをしたいとかで、
確か危険物の取扱の資格をお持ちだったと思います。
かなりの好きでした。